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なぜ(またもや)ドイツなのか?

これらの利益団体の世界的な陰謀を調べていくにつれて、1つの質問が浮かび上がってきます。何百万人もの人々の健康と生命を必然的に危険にさらすこの計画では、なぜドイツの製薬会社やドイツ政府がその役割の中心にあるのでしょうか?ドイツのフランクフルト空港を訪れるすべての人は、ドイツの製薬化学産業が世界に与える影響力を容易に推し量ることができます。空港にある航空各社の待合い所で見られる広告の大部分が製薬企業の広告なのです。これは、一番目に付く場所にある、いわばドイツ産業の名刺ともいえる広告です。しかし、これは単に表面的なものでしかありません。コーデックス委員会に関するドイツ政府の重要な世界的役割を理解するには、私達は今世紀を通じてのドイツ政府とドイツの化学製薬産業の癒着を考える必要があります。

IG ファルベン・カルテル

今世紀前半のドイツで最も強力な権力を持つ企業はIG ファルベン (Interessengemeinschaft Farbenの短縮形)でした。 Interessengemeinschaftとは利益共同体を意味し、BASF社、バイエル社、ヘキスト社、その他、ドイツの化学製薬関連企業の強力なカルテルでした。IG ファルベン社はアドルフ・ヒットラーの選挙運動への最大の資金供給団体でした。ヒットラー政権が1933年に誕生した1年前に、IG ファルベン社はヒットラーおよび彼のナチス党に400,000マルクを寄付しています。ナチスが政権を握るとともにIG ファルベン社は、ナチスによる第二次世界大戦とヨーロッパ征服によって最大の利得を享受するようになりました。爆薬と合成ガソリンの100パーセントがIG ファルベン社の工場から調達されていたのです。ドイツの国防軍が他国を征服したときはいつも、バイエル社、ヘキスト社、BASF社の経営陣は軍に従って同地に赴き、その国の製薬化学産業を手中にしたのです。ヒットラーの国防軍との密接な共同作業により、IG フェルベン社はナチスに占領されたオーストリア、チェコスロバキア、ポーランド、ノルウェー、オランダ、ベルギー、フランス等の国の占領に参与しました。1946年に行われた米国政府による調査では、IG ファルベン社の存在がなかったら、第二次世界大戦はなかったであろうという結論が出されました。私達は第二次世界大戦を引き起こしたのはアドルフ・ヒットラーという精神異常者でも、ドイツ国民の生まれながらの性格でもなかったということを認識する必要があります。 バイエル社、BASF社、ヘキスト社のような金儲けに貪欲な企業がホロコーストを惹き起こした主要因だったのです。

スティーブン・スピルバーグの映画「シンドラーのリスト」を観た人は誰でもアウシュビッツの強制収容所での場面を忘れることはないでしょう。アウシュビッツは人類の歴史で最大の大量絶滅工場でしたが、強制収容所は単なる付属機関でした。その主要プロジェクトはIG ファルベン社の100%の子会社IGアウシュビッツによるものであり、ヨーロッパを占領するための合成ガソリンとゴムを製造する世界最大の産業複合体でした。1941年3月1日、SS警察長官であったハインリヒ・ヒムラーは、建設現場を調査しました。1941年4月14日、アウシュビッツプロジェクトの責任者であるIG ファルベン社の役員オットー・アンブロスが、ルードビヒスハーフェンでIG ファルベン委員会の役員仲間に向かい、「我々とSSとの新しい友好関係は神の祝福するものです。我々の企業の利益を考え、我々は強制収容所も含めすべての方策を決定しました。」と述べました。 IG ファルベン・カルテルの製薬部門は意のままに強制収容所の犠牲者を使用しました。数千人の犠牲者が新しく開発された未知のワクチンのテストと称された人体実験の最中に命を奪われました。

IGアウシュヴィッツの囚人には刑期というものはありませんでした。体が衰弱したり、病気を患い、就労に耐え難い者はIGアウシュヴィッツ工場の正門で選択され、ガス室に送られました。何百万人もの殺戮のために使用された化学物質ガスであるチクロン-BもIG ファルベン社で製造されその工場から出荷されたものでした。

ニュールンベルクの戦争裁判では、大量殺人、奴隷的虐待およびその他の非人道的犯罪により、IG ファルベン社の役員および幹部24人に有罪の判決が下されました。しかし驚くべきことには1951年までにその全員が釈放され、ドイツの企業に再びまい戻っているのです。

ニュールンベルクの法廷はIG ファルベン社をバイエル社、ヘキスト社、BASF社に分割しました。今日、IG ファルベンから分岐したこの3つの会社は、その親会社であったIG ファルベン社が絶頂期であった第二次世界大戦の最後の年1944年の規模より各々20倍も大きくなっています。さらに重要なのは、BASF社、バイエル社、ヘキスト社の最高職である各社の取締役会長の座がナチス党の元党員によって第二次世界大戦後30年間にわたり占められていたことです。

  • 1974年までBASF社の取締役会長を務めたカール・ヴルスターは、戦時中チクロンBガスの製造役員会の委員でした。
  • 70年代までヘキスト社の取締役会長を勤めたカール・ヴィナカーはナチス突撃隊の隊員であり、IGファルベン社の役員でした。
  • 70年後期までバイエル社の取締役会長を勤めたカート・ハンセンは「天然資源の獲得」部門における欧州占領の共同主催者でした。

このリーダーシップの下で、IG ファルベン社の子供達であるBASF社、バイエル社、ヘキスト社は、彼らの利益をバックアップする政治家を支援し続けました。1950年代および1960年代、これらの会社はBASF社の所在地ルードビヒスハーフェンの郊外出身の若い議員の政治家としての経歴に投資しました。彼の名は:ヘルムート・コール。1957年から1967年まで、若きヘルムート・コールは、ドイツ製薬化学産業カルテルの政治的駆け引きを行なう中心的な存在である化学工業協会の有給ロビイストだったのです。

したがって、ドイツの化学製薬産業は、その子飼いの政治家を政界に送り込み、あとドイツ国民に残された選択肢は彼らの政策を承認するだけとなりました。その結果は周知のとおりです。ヘルムート・コールは16年間ドイツの首相となり、またドイツの製薬化学産業は、150国以上にその子会社が設立され、かつてのIG ファルベン社以上の世界有数の輸出企業となりました。

ドイツは化学・製薬カルテルを擁護する元有給ロビイストストが政府を率いる全世界でただ一つの国です。簡単にいうと、ドイツの製薬化学企業のグローバルな拡張計画に加担するドイツ政府の支援は、100年の伝統を受け継ぐものであります。こうした背景が分かれば、コーデックス委員会の非倫理的な計画をボンが支援しているのも無理からぬことと思えるのです。

「戦犯は、狂気のナチス熱狂者ではなく、これらのIGファルベン社の罪人だったのだ。」 IGファルベン社を訴追したニュールンベルク戦争裁判の米国の筆頭検察長官は、このカルテルの進展をすでに予想していました。「これらの犯罪人が犯した罪を陽の目にあてず罰しなかったら、たとえヒットラーが生きていたとしても、これら犯罪人のほうがヒットラーより世界平和に対してしはるかに大きな脅威となるだろう。」

全世界を例えようもない悲嘆の淵に落とした事件が、今世紀に2回もがドイツの地から起こりました。ドイツの政治家の支援によって、医薬品カルテルが大手を振ってまかり通れば、心臓病の根絶は阻まれてしまうでしょう。そして次世代だけでも、5億以上の人々が徒に心臓発作で死亡する事態がおこるでしょう。

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